神主が語る神道と心霊の話

神道、神霊、霊学、霊術の話

こころ

人間の想像力を培い、進歩と向上を促す心は、同時に闘争心や嫉妬を駆り立てる心でもあります。




人間の心の不安と苦悩の原因はここにあるのです。




心の開放とは即ち深層意識(業)の抑圧を解放して、無意識の感情と調和することにあるのです。




人間の心の中に潜む攻撃的心理は、人類(史)の集積でもあるが、これはまた自己愛の象徴でもあり、人間の生への執着(無明)の姿でもあります。




生命への恐怖感がこの心というものを駆り立てることで調和を破り、結局自他を滅ぼすこととなるのです。




天地に対決して後の真の自信のみが、この不幸を救う最大の力となりうるのです。

「火」と「水」

古事記における伊邪那岐神、伊邪那美神の役割と使命が未だ明確には分かっていない。


あらゆる学者や神職がその説明をしてきたが、どれもが満足に至らない。



然し古事記を霊的にきちんと読むと、答えは明らかである。



伊邪那岐大神、伊邪那美大神


この御神徳を理解できたらと思います。


なぜ伊邪那美神が黄泉の国に行ったのか?


そして伊邪那岐神が伊邪那美神を追って黄泉の国に行ったのか?


そして阿波岐原に於いて禊をして三貴神をお生みになられたのか!?


秘密は?


この答えは勉強会で!!

人間の能力は霊界にある

木は木として、魚は魚として、猫は猫としての性分(生き方・役目)があり、有意義にその役目を行うことで調和が保たれるのであります。


使命の完遂こそが自他平等を確立することになるのです。


人間だけが変わっていて、自己の意思で全てがどうにでもなるといったような錯覚に囚われているのです。


だから人間だけが苦悩と言うものを持っているのです。


本来、人の先天的な能力は霊界にあり、自己の意志で決定されることではなく、大いなる何者かの意思により成るものなのです。


人間の能力である、活動(運動・感覚・言語・知覚・精神・生命・内臓の活動)は本来真実に気がつけば、人為的にはどうすることもできないものであるということが分かるのです。


然し、そこに気付くものは本当に少ない。


グルジェフの言う如く全ては自動的に起こるのです。


そうすると、その法則は何処からもたらされているのかと申せば、神界、霊界、幽界、そして怨念や不浄化霊、執着、未練等の様々な要因の働きと、生体としての無明(本能的な意思)により自動的に起こってしまっていることなのです。


この法則から逃れるためには、自己の本質を見つけることでしか解決する事はできないのです。


グルジェフは、これを『自己想起』と言っていましました。



我々はこのままでは、唯の連鎖作用としてこの世に生きています。


それでも何かを知り得る者となると『プロメテウス』となるのです。


然しプロメテウスは、鎖に繋がれて未だ自由(真理)がありません。


更に苦悩してその状況から離脱できれば真理の体現者となりうるのです。


私の勉強会では、この鎖を外すことを目的に色々な取り組みをしています。


興味のある方は、是非勉強会においでください!