神主が語る神道と心霊の話

神道、神霊、霊学、霊術の話

浮遊する霊魂

仲間の女性からこんな話を聞いた。

『先生、最近また出会ったちゃった!』と

『今度は何?』と聞き返すと!

夕刻、息子と二人で帰宅途中、道を歩いていると交差点で年配のご婦人から声をかけられたそうです。

そのご婦人は、『○○町は何方でしたか?ご存知ならば…』と?

すると彼女は『○○町ならこの先ですので一緒に参りましょう』と!

そして3人で○○町方面に歩いていきました。

道ながら色々と話をしながら進んでいくと、ご婦人は『数年ぶりに友人宅に伺おうと思ってここ迄来たのですか、どうしても友人の家が見つからないのです…』

彼女は、ご婦人に友人の氏名や家の場所、電話番号等を問いましたが、返事のあったのはその家のある地域の名称を述べるだけで他のことは余り話したがらないので、三人でご婦人の友人宅を探しながら歩いていきました。

道を歩いていると交番が目に付いたので彼女は『お巡りさんに聞いてみましょうか?』と尋ねると!

『川まで行けば大丈夫よ』と言うもので、そのまま交番を過ぎ去り進んでいった。

彼女はご婦人の手を取ってゆっくりと歩いていった。

そして川沿いの道でご婦人が『もう大丈夫、後は一人で行けますのでありがとうございました』と言うと、そのまま一人で歩いていきました。

二人は心配になりながらも、後ろ姿を視界から見えなくなるまで追いながら、帰路につきました。

息子が母親に言いました『あのお婆さん向こうに行ったんでしょう?』と

母親は息子に言いました。

『こういう事があるのよ!


お婆さんの手冷たかった』と…

神道についての考察

神道(しんとう)又は随神(かみながらのみち)、惟神(かんながら)と日本固有の道を漢字によって表現したまでのことであり、本居宣長翁は『直毘霊』の中で次のように語っています。



『実(まこと)は道あるが故にてふ言なく、道てふことなけれど、道ありしなりけり』



日本は本来よく道が行われていたからその必要がなかったのだと説いています。



更に『道の言挙げのないことが、日本の自然の姿である』とも述べています。



神道という用語は、漢籍にも仏典にもあるり漢籍においては、支那の神道という言葉は『不可思議な道』とか『自然の道』と言った意味があり、また仏典では『六道の中の天道、阿修羅道、鬼道の三を総称して神道という』とあります。



仏教における神道観は、仏や菩薩の永劫に対して有情の精霊であり何時は墜落する運命にある低い位の神魂だと語っています。



吉田兼倶の『唯一神道集』によると、神道こそが根本であり、儒教が枝葉で、仏教はその花実であると反本地垂迹説を力説している。



支那の不思議な道、仏教の精霊の道、朝鮮の墓所に通じる道など『神道』という用語は各国によって異なる意味で用いられています。



日本における神道の意味するところは、『カミ』と訓みえることから祭祀が中心であり、その神は『天照大御神』を中心として天神地祇八百万の神々の総称なのであります。



少し話は飛躍するかもしれないが『日本神道』は、日本の混乱した時期において日本民族に自覚され、青史のうえに何回も抬頭するのです。



明治維新の大業は水戸学を中心とした国史の研究成果と、外来思想から離れ日本民族性と日本の道を提唱した国学者たちの活動によって展開されました。



明治天皇御詔勅に『神祇を崇め祭祀を重んじるは皇国の大典にして政教の基本なり』とありますことによっても、神社は国家の宗祀であるのです。



神道信仰の強調された時代は日本民族意識の自覚時代であり、そのような時代は常に国難の時代であり、そして国威の発展を示す時代でもあるのです。



史実の語るがごとく、復古、維新が日本の文芸復興であり、日本国家として日本国民としての自覚の結集が、神道信仰によって表されているのです。

7月関西勉強会のお知らせ

コロナ騒ぎで会場が取れないことが続いて心配していましたが、どうにか開催できる運びとなりました。




以下の通り開催します。




初めての方でも参加できますのでお気軽にお尋ねください。




日 時:令和2年7月4日(土)~5日(日)


場 所:京都府の神社(参加者にお知らせいたします)


内 容:①7月4日(土) 


     9:00~16:00 禊、拝神行事、初学講座、神道祭式講座、霊学講座


          ②7月5日(日)


     9:00~16:00 禊、拝神行事、神道祭式講座、鎮魂法講座、鎮魂法実修


申込み:kenyu.kouza@gmail.com


締切り:令和2年6月10日(水)     


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