神主が語る神道と心霊の話

神道、神霊、霊学、霊術の話

令和3年勉強会のお知らせ

令和3年1月の『顕幽表裏』勉強会のお知らせです。




新年からは、新たに「霊学」や「霊術」の内容を増やし、レベルの高い勉強会としていきます。


また日本独自の神道の教え『神学』、『祭式行事』、『霊学』というものを広く一般に公開していこうと思います。


以前公開した「霊術」もその上位の術式を開示していきます(但し信頼関係が構築できた者に限る)。




興味のある方はお問い合わせください。






【新年祈願祭】 *初めての方でも何方でも参加できます。


日 時:1月9日(土) 13:00~18:00 (但し10:00~入場できます。相談や質問の時間とします。)


場 所:杉並区の公民館(八)


内 容:新たな年を迎えこの1年間の目標を掲げ、安全と無病息災を祈願をする祭式行事です。


参加者に特殊謹製:『屋敷護り鏡』授与


参加費:10,000円(直会含む)


締切り:12月25日(金)





【初学講座】 *何方でも参加できます。


日 時:1月10日(日) 10:00~17:00


場 所:杉並区の公民館(井1)


内 容:神道霊学・霊術の基礎概念の解説と、鎮魂法の実修とオーラ目視の実修です。


参加費:10,000円(昼食・直会付)


締切り:12月25日(金)





【古事記解題➀】 *何方でも参加できます。


日 時:1月11日(日) 10:00~12;00


場 所:杉並区の公民館(井3)


内 容:古事記『神代巻』の霊的な解説と、神道の隠された本質を探る。


参加費:5,000円


締切り:12月25日(金)





【神道祭式・神学講座➀】 *何方でも参加できます。


日 時:1月11日(日) 13;00~17:00


場 所:杉並区の公民館(井3)


内 容:拝神行事、神道祭式行事作法、神道神学講座、直会


参加費:5,000円


締切り:12月25日(金)






申込み:kenyu.kouza@gmail.com

最後の晩餐

この作品完成までの経緯は、あまり知られていない!


レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作であるキリストと12使徒を描いた作品。


ダ・ビンチはこの制作にかかる中で、初めにキリストのモデルを探しまわりました。


とある教会で歌手をしていた青年を見つけて、直感的に感じて彼をキリストとして描きあげました。


そのあと残る12使徒のモデルも探し当て、殆ど描きあげたのですが、最後のユダだけが描けずに長い年月が過ぎていきました。


或る日、場末の街角に座っている物乞いの中に、邪悪そのものの魂浮き出た者を発見し、僅かの金銭と食事を与えてユダを描きあげたのです。


よく見るとそのユダのモデルは、最初にこの『最後の晩餐』を描き始めたときのあの青年の成れの果ての姿だったのです。


その衝撃的な現実を理解したときにダ・ビンチは驚愕しました。


教会で会ったあの清廉とした人物と、目の前にいる邪悪で俗悪な人物が同一な者であったことを。


奇しくもキリストとユダのモデルが同一人物であったことは、単なる偶然なのか?
ダ・ビンチは悩みました。


霊感的天才のダ・ビンチにして、それが見抜けなかったこと!


更にはこれほどまでに変わってしまったモデルの変色を!


魂の奥底まで見抜ける慧眼を持ったダ・ビンチに、このような場面が訪れたということに、何か深い意味を感じさせられたことは想像にかたくない。


この偉大なる作品はダ・ビンチ個人の意志で描き上げたものではなく、その後ろにある偉大な崇高な存在(意志)があって初めて完成できた、『神霊的絵画』作品なのです。

神道と古神道

スピリチュアル系のブログや『大宮○郎』の本などで、古神道!古神道と言う言葉を耳にしますが、神職の立場から言わせてもらえば、『古神道』と言うものは正式にはありません。


神道は『神道』です。


またの呼び名は『惟神』とか『随神』と言います。


平田篤胤以降、日本の古の宗教を取り戻す運動が始まり、徳川支配の檀家制度による仏教の神道支配に反対する気運が起こったことから、従来の神道との差別化を図るため『古神道』という概念ができたのです。


その後、明治新政府による宗教統合のため、国家神道と教派神道に別れました。更に修験道も禁止され、神道か仏教に衣替えすることを迫られたのです。このような中で教派神道と一部の修験道は古神道を名乗り、以後古神道という言葉が定着したのです。


中身はあくまで天皇崇拝と、日本古来の神道と、山岳信仰と、祖霊信仰に他なりません。


私の仲間や勉強会でも、古神道という言葉を用いていますが、それはあくまでも、古の神道の心や行法、霊学を伝えるためにあえて使っている言葉で、本来の神道と何も違わないものなのです。


しかし今の社会では、単に神道を教えると言ったのでは、受け取る側の印象が違うのです。


単に結婚式や、地鎮祭をするものが神道と思われている節もあり、神や神霊との交信や神の存在を感じてそれを伝える役目をする者が本来の神職であるのですが、それは理解されない為に敢えて古神道という言葉を使っていると言ったところです。


随神とか惟神と言うべきですが、これもまだ一般的に普及理解されていないのであまり用いてはいません。


神道と古神道の違いお分かり頂けたでしょうか?